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本文へジャンプ 更新:平成17年7月1日 

 

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衆楽園(しゅうらくえん)
鶴山公園(かくざんこうえん)
武家屋敷(ぶけやしき)
城東町並み(じょうとうまちなみ)

津山藩2代藩主森長継が明暦年間(1655〜1658)京都から小堀遠州流の作庭師を招いて造営した近世池泉廻遊式の大名庭園です。津山藩では防備上、城内に他藩の使者を入れずにここで応対したので「御対面所」と呼ばれました。この庭園は京都の仙洞御所を模したもので、島の配置や水面に映る島影の美しさ、四季折々の樹木の枝ぶりにも、京風の洗練された美を感じることでしょう。

津山城は、津山藩初代藩主森忠政が13年の歳月をかけて元和2年(1616)に完成させた輪郭式の近世平山城です。往時には五層の天守がそびえ櫓は60棟を数えました。明治6年に廃城となり翌年建物はすべて取り壊されましたが、幸いに豪壮堅固な石垣は残りました。本丸、二の丸、三の丸の石垣は高さ45mもあり、昔日の雄大な面影を今に伝えています。
春には約5,000本の桜が咲き乱れる西日本有数の桜の名所として、10万人を超える人々で賑わいます。日本の桜名所100選にも選ばれています。また、新緑の頃の藤、ツツジ、秋の紅葉、雪景色など四季を通じて訪れる人の目を楽しませてくれます。

大和文化と出雲文化を結ぶ重要な道として発達した旧出雲街道沿いにある城東町並み保存地区。約1.2kmにわたって続く町並みは、平入りの低い軒並み、格子戸、ナマコ壁など往事の姿をよくとどめています

津山城の西側、田町あたりはかつての侍屋敷が続く、しっとりとした風情。堂々とした長屋門をくぐると白壁の武家屋敷が現われ、いまもその姿をとどめている。